多声音楽の譜読み

多声音楽を立体的に演奏する事ができると、オーケストラをホールで聴いているような臨場感が体感できたり、多重録音のような(各パートをそれぞれのマイクで別々に録音し、幾つかのスピーカーからそれぞれ流す)遠近感が生まれます。ですが多くの方は、モノラル録音のように(幾つかのパートをまとめて一本のマイクで録音して、一つのスピーカーから流す)パートは沢山あるものの、結局は平面的な音楽にしか聴こえないのはなぜでしょうか。

多声音楽を立体的に演奏する事ができる人の頭の中は、一つの頭の中に多数のアイディアが同時進行で存在しています。それは日常生活の脳の使い方からみたら、もう綱渡りのサーカス芸のようなものです。そのような”脳の使い方”を手に入れるには、理屈ではなくとにかく経験。譜読みから仕上げまでのプロセスを沢山経験するしかありません。多くの方がまず初回レッスンでは、全てのパートを合わせているものの、各パートの、単に音だけを並べた状態で持ってきます。歌も決まってきませんし、テクニックも整理されておらず勿論脳みそも整理されるというには程遠い状態です。音楽学生さんも、スケジュールに追われている時などうっかりするとこの状態で持ってきます^^;…「どうやって練習したの?」と尋ねると、大抵「まず1パートずつやってから、両手にしました」と……。いやいや……そんな一言で片付けられるくらい簡単なことだっけ?(゚д゚lll)

バッハのインヴェンション→シンフォニア→平均律など、声部が増えれば増えるほど譜読みの段階が本当に本当に大切!各パートただ音を並べるだけして、それでパズルを組み合わせてしまうと、ほぼ一生仕上がりません。何故かというと……(多声音楽は脳の使い方がサーカス芸レベルという前提で)曖昧な時の脳は一度刷り込まれた記憶を塗り替えることが苦手だからです。一つ一つのパーツを弾く時、まずはしっかりと思考が動くレベルまで弾き込んでおくことが大切です。幾重にも重なった声部の一つ一つを、どんなアーティキュレーションで弾くのか、どんな性格で歌わせるのか、まずは全てのパーツの形が決まらないうちは絶対にパズルを組んではいけないのです。くどいですが、まだ思考が曖昧なうちからパーツを組み合わせてしまうと、曖昧な脳は一度覚えたスキルをなかなか塗り替えてくれません。ちょうどお米を研ぐ時と同じです。1番初めお米にお水を投入する時、のんびりやってると乾いたお米が一気に水を吸って、ひとたび糠臭くなってしまったお米は以降どれだけ洗っても匂いがなかなか抜けないのと同じです。とにかく合体させる前に、一つ一つのパーツをどんな風に歌わせるのか、歌わせたいのか、しっかりと意志が働くまで弾くのが理想です。アーティキュレーションや強弱などは、弾き込むうちにアイデアを変更しなければならない時もあります。勿論変わること前提で、はじめにそれぞれのパーツをしっかりと意志のある思考で弾いておけば、以後変更されても必ず脳は働いてくれるようにできているのです。怖いのは、思考も働かせず曖昧な脳で弾いてしまう事。仕上げていく段階で、様々なアイディアにも脳や体(手)がその都度しっかり反応してくれるよう、いつも意志のある音でのパーツ作りを心がけましょう。

そして各パーツのアイディアが固まったら、いよいよパーツを慎重に組み合わせ→手に馴染んだら構成を考え→構成も板についたら、心のまま存分に表現しても各声部の歌が損なわれていないかひたすら確かめる日々→最後の最後本番前に、ステージでの思考の使い方を決める(その場面場面でどの声部に耳を傾けるのか優先順位を決める)。このように、多声音楽に取り組んでいる時は、通常の作品の何倍ものミクロ虫眼鏡で観察して、脳みそと耳は常にフル回転で練習しなくてはなりません。………と文字で書いてみましたが、各段階のプロセスはここでご紹介するには到底言葉が足りず><ご興味ある方は、どうぞそれは実際のレッスンにてm(_ _)m

それにしても、フーガというものはどの作品をとっても本当に難しいですね><。皆さん受験まではせっせとバッハに取り組みますが、特に日本では大学生になると途端にバッハを弾かなくなる方が多いように思います。しかし、その先のベートーヴェンだってショパンだってシューマンだって、ピアノが1人オーケストラである以上、どんな作品にも多声部分は登場します。ですから、多声音楽の譜読みのスキルは全ての基礎となりますから絶対に学んでおかなくてはならないのです。

音楽学生の皆さん!いつかはあなた達も先生となって生徒さんたちにバッハを教えなくてはならない時が来るのですよ。そしてその時はそう遠くはないですよ。インヴェンションのアーティキュレーションを、誰かの校訂版を見る事なしに決める事ができますか?一切強弱が書かれていない平均律フーガのダイナミクスを、全て考えることはできますか?その前に、シンフォニアのアルト・ソプラノの指遣いを決める事ができますか?外からお預かりする生徒さん達を見ていると、おそらく若い先生方にとってこの壁は相当高いようにお察しします。皆さん、気づいた時がやる時ですよ!どうぞ、わからないと手を挙げる事を恐れないでください。わからないことは恥ずかしいことではありません。伸びる生徒さんは一様に、わからない事を正々堂々と尋ねることができます…そしてその親御さんも。将来生徒さんがどんなフーガを弾くことになったとしても素敵な演奏ができるよう、皆さんでまずはバッハをしっかりと学んでいきましょう!

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