音楽は時間芸術ということを忘れないで

静かな朝。風にのって隣のピアノ室からシューマンが聴こえてきます。まだ夏休み中の大学生が、朝早くから百合子先生とシューマン謝肉祭を勉強しているようです。シューマンのなんとも切ないメロディーが、物悲しいハーモニーにのって微かに聴こえてきています。仕事の手を止めてそちらの方に耳を傾けていると、どうやらハーモニーの勉強をしているのかな?先ほどから、何度も何度も同じフレーズのハーモニーばかりが繰り返されています。

メロディーは、たった1人で歩いているわけではなく、必ず”ハーモニー”という背景に彩られています。メロディーが複雑なら複雑なほどついメロディーばかりを練習してしまいますが、指はドンドン動くようにはなるけれど、色もまとっていなければ、弾いている人の心も見えて来ず、勿論シューマンの言葉も見えてきません。

演奏は時間芸術次の瞬間はもう消えて無くなってしまうのだから、今正にこの一瞬一瞬リアルタイムに、心でハーモニーを感じとって欲しいです。

例えばソロバンなら、手を動かしたことによって出た答えを、あとから確認できるし、編み物なら手を動かしたことによって仕上がった作品を、後々身に付けることができる。料理なら完成品を眺めて、更に後から味わえるし、書道も絵画も粘土作品も、いつまでもそばに置いて眺めていられる。大半のものが、手を動かしたことによって得られる対価を、後々確認したり愉しむ事ができる。

けれど、”演奏”はそういうわけにはいきません。全ての瞬間が一期一会で、音になったそばからドンドン消えて無くなっていってしまうのです。CDや映像で残す事はできるけれど、どんな名歌手でも、CDではなく生のコンサートに行きたい!!と思うのは、やはりその瞬間瞬間の歌い手の心そのものに触れたいから。

音楽は時間芸術」。楽器を演奏する人は、この事を絶対に忘れていけないのです。本番に追われ、譜読みに追われ、機械的に楽譜に向き合っていると、ドンドン指は動くようになっていくけれど、それは本当にあなたがやりたい音楽?シューマンの音楽?ヒントはどこにあるのか…。くどいですが、次の瞬間はもう消えて無くなってしまうのだから、今正にこの一瞬一瞬リアルタイムに心を動かして…このハーモニーから感じる事は何か…昨日の心の動きと今日の心の動きでは何が違うのか…自分の心がどんな風に形を変えていくのか…それがたとえ本当に些細な動きでも、1ミリも逃さず問いかけていってほしいです。シューマンは何故そこにその和音を使ったのか、毎日心の感度をマックスにして、アンテナをいっぱいにはっていると、自ずと楽譜の奥の奥を見ざるを得ないのです。

練習の時にこそ心のアンテナを最大限にはって、一期一会の練習をして欲しいです。なぜなら、あなた達は時間芸術をやっているのだから。

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